第95話 人事異動?軍事から行政へ

ガラシャ

光秀の活躍が軍事から行政に変わってくるってどういうことですか?

憲三郎先生

史料を見ていくと天正7年の年末以降光秀が出陣する様子がありません。

ガラシャ

出陣せずに何をしていたのですか?

憲三郎先生

丹波をはじめとした織田軍領内の行政を多く担当していたようです。

ガラシャ

詳しく教えてください。

憲三郎先生

では、今回も史料を順に見ていきましょう。

ガラシャ

よろしくお願いします。

ガラシャ

年末のご挨拶ですね。

ガラシャ

茶会と聞くとなんだか平和でほっとします。

憲三郎先生

史料に詳しく記載されているわけではありませんが、この茶会と宗及を使って光秀は家臣への慰労や、人心掌握に努めたのではないかと思います。

ガラシャ

慰労会と人事査定面接を兼ね備えた食事会みたいですね・・・。

憲三郎先生

この年は頻繁に宗及と明智家臣の茶会が催されます。

ガラシャ

注意しておきます。

ガラシャ

年始のご挨拶ですかね。

ガラシャ

連歌会久しぶりですね。

ガラシャ

時宗ってなんですか?

憲三郎先生

仏教の宗派のひとつです。

ガラシャ

いままでも何度か上人という人が出てきましたよね?

憲三郎先生
ガラシャ

今更ですが、上人ってどういう意味ですか?

憲三郎先生

上人とは、仏教における高僧への敬称であり称号です。

ガラシャ

どうして光秀に依頼をしたのですか?

ガラシャ

どうして紹介して欲しかったのですか?

憲三郎先生

同念上人は31代目の遊行上人という、時宗における指導者で、次の遊行先が大和だったようです。

ガラシャ

なるほど。

ガラシャ

猪飼って聞いたことある気が・・・。

ガラシャ

光秀の家臣になっていたのですね。

ガラシャ

天寧寺はどの辺りですか?

憲三郎先生

天寧寺は何カ所もありますが、丹波天寧寺は京都府福知山市の辺りの天寧寺だと思われます。

ガラシャ

丹波の行政が本格的に始まったのですね。

ガラシャ

無事に紹介してもらえたようで良かったです。

ガラシャ

次々と招かれますね。

ガラシャ

元亀3年に築城してから8年もたっているのですね。

ガラシャ

修築の様子を見に来たのでしょうか。

憲三郎先生

史料にも「城普請を見舞う」とあります。

ガラシャ

吉田兼見はいつも飛び回っていますね。

ガラシャ

あれ?山城なので、今度は京都の行政のお仕事ですね。赦免ということは、許されたということですか?

憲三郎先生

そのようですね、史料からは詳しくはわかりませんが、税の関係でなにかがあったようですね。

ガラシャ

年貢のお米はわかりますが、夫役ってなんですか?

憲三郎先生

当時の租税体系には年貢と公事の2つがあり、公事の中でも人的な賦課の部分を夫役と呼びました。

ガラシャ

・・・肉体労働ですね。

ガラシャ

え!?展開について行けません。この約3ヶ月で何があったのですか?

憲三郎先生

続きは次回です。

ガラシャ

気になります!

”光秀は丹波平定後、行政を頑張っていました。”