第93話 丹波平定

八上城の落城に成功した光秀ですが、次はどこを攻めるのですか?

光秀は引き続き丹波攻めに注力します。

その後の丹波攻めがどうなったのか、詳しく教えてください。

それでは今回も史料を順に見ていきましょう。

よろしくお願いします。

この前坂本に戻ったと思ったのに、いつの間にか丹波へ・・・。

この頃は坂本と丹波を行き来きしていたのだと思われます。

光秀は忙しいですね。

宇津頼重は逃げたままなのですね。どうして西に逃げると思ったのですか?

史料からはわかりません。もしかしたら毛利氏に助けを求めるのでは、と推測したのかも知れません。

なるほど。

どんどん丹波攻略が進んでいますね。

氷上郡寺庵中ってどういうことですか?

氷上郡の寺や庵ということです。

還住とは一度居住地を去った者がその土地に戻り再度居住すること・・・。居なくなってしまっていたのですか?

黒井城との戦で去っていたのだと思われます。

戻ってきてくれると良いですね。

出陣の度に祈願をお願いしていたのですね。

このあとの1ヶ月光秀は丹波攻めにかかりきりになるのですが、その頃事件が起きます。

事件ですか?

9月2日に荒木村重は5、6人の共を従えて伊丹城を忍び出て尼崎の城に移りました。

え!?たしか伊丹城は包囲されていましたよね?

忍び出たとあるので夜に少人数でこっそり移動したようです。

大将だけこっそり移動というのは今までにないですね・・・この後どうなるのですか?

9月12日に織田信忠が伊丹在陣の軍勢を半数率いて尼崎へ出陣し、敵城近くに砦を2カ所築きました。

包囲する城が増えてしまいましたね。

そして織田信長も9月21日に出陣し、伊丹を包囲する砦を視察し28日に京都へ帰還しました。

包囲態勢の確認は大事な事ですね。

某ということはまた宛名がわからない文書なのですね。

この文書は宛名が欠けているようですね。

・・・あれ?なんだかとっても大事なことを言っていますか?

そうですね、二十二日に丹波国領の城を落城させたという内容です。

ということは、丹波は平定されたということですか?

光秀が織田信長へ丹波・丹後平定の報告をするのは後1ヶ月先のことです。

まだ十分ではない何かがあったのですね。

史料にはありませんが、落城は成っても一筋縄ではいかなかったのかも知れません。

荒木村重のことで慌ただしそうですし、きちんと平定してから報告したいのもわかる気がします。

いいえ同一人物だと思われます。

妹なのですか?姉なのですか?

この後にも度々出てくるのですが妹と書かれていることが多いので妹が正しいと思われます。

在洛中ということは京都に居たのですね、あれ?本来どこに居る人なのですか?

この妻木という人物は光秀の妹と書かれていますが正式には光秀の正室の妹で、織田信長の身の回りの世話をしていたといわれています。

義妹だったのですね、あれ?この時織田信長はたしか伊丹でしたよね?

史料ではわかりませんが、織田信長は安土から京都に入り伊丹へ出陣したので、京都までは同行して居たのだと思われます。

確かに出陣には連れて行けないですね。光秀の丹波の様子はどうですか?

加伊原城ですか・・・丹波のどの辺りのお城ですか?

加伊原城は今の兵庫県丹波市柏原町につくられた城だといわれています。現在は柏原八幡宮となっていますが、詳しいことはわかっていません。

そうなのですか、これからもっと調査が進むと良いですね。


12日にも出てきましたが、本免ってどこですか?

今の京都府亀岡市本梅町辺りです。

ほんめと読むのですね。


ついにご報告ですね!

わざわざ!?ありがたいですが恐縮ですね。

丹波平定で喜びたいところですが、あまり喜んでも居られません。

どうしてですか?

伊丹での事件が動きを見せていました。

荒木村重ですね、なにがどうなったのですか?

続きは次回です。

気になります!
