第108話 光秀因幡へ行く?

ガラシャ

妻木逝去の知らせが飛び交った頃、光秀はどうしていたのですか?

憲三郎先生

光秀は出陣の待機をしていました。

ガラシャ

出陣?詳しく教えてください。

憲三郎先生

では、今回も史料を順に見ていきましょう。

ガラシャ

よろしくお願いします。

ガラシャ

佐竹出羽守って蓮養坊のことでしたよね。

ガラシャ

因幡ということは鳥取城でなにか動きがあったのでしょうか?

ガラシャ

なんだか緊張感が増してきました・・・。

憲三郎先生

また丹波より賊船を因幡方面の味方諸城へ兵粮を搬入させ、敵船を撃退させることも重要であり、松井康之の折紙を披見することを通達し、さらに南方への軍事行動の件も通達しました。

ガラシャ

松井康之って誰ですか?

憲三郎先生

松井康之は細川藤孝の家臣です。実はこの人後にとても重要になってくるので覚えておきましょう。

ガラシャ

重要人物なのですね!ところで、折紙って折り鶴の折り紙とは違いそうですけど何のことですか?

憲三郎先生

「折り紙付き」の語源となった折紙のことです。ちなみに、折り鶴の折り紙もこの折紙と関係するようです。

ガラシャ

詳しく教えてください。

憲三郎先生

古くは手紙に添える白紙が略式化され、二つ折りになり、鎌倉時代には訴訟文書などに使われるようになりました。

ガラシャ

そんなに古くからあるものなのですね。

憲三郎先生

室町時代には、刀の品質保証書や鑑定書に使われるようになり、その後物に対してだけでなく、実力がある人物に対しても「折紙」は使用されるようになったそうです。

ガラシャ

松井康之の折紙にはどんなことが書いてあったのですか?

憲三郎先生

史料からはわかりませんが、織田軍の者であることがわかるような身分を証明するものであったのかもしれません。

ガラシャ

細川藤孝は因幡へは向かわなかったのでしょうか?

憲三郎先生

詳しくはわかりませんが、松井康之を派遣したということだと思われます。

ガラシャ

この後はどうなるのですか?

憲三郎先生

8月27日に英俊は、光秀の仲介によって成立した筒井順慶の養子の婚儀の祝言が行われること、藤田伝五が使いに来たことを聞きました。

ガラシャ

光秀の仲介で誰が筒井順慶の養子になったのですか?

憲三郎先生

光秀の次男が養子になったという説もありますが、史料には仲介とあり詳しくはわかっていません。

ガラシャ

気になるので、他にも史料が出てくることを祈ります。光秀は因幡に行ったのですよね?

憲三郎先生

光秀は9月には丹後で行政を行っています。

ガラシャ

あれ、どういうことですか?

憲三郎先生

史料が少なく確かなことはわかりませんが、細川藤孝の対応を見ると、光秀も家臣を派遣したのかもしれません。

ガラシャ

史料がもっと欲しいですね・・・。行政はどんなことをしていたのですか?

憲三郎先生

続きは次回です。

ガラシャ

気になります!

”鳥取城に何か動きがあったようです。
松井康之という重要人物が登場しました。”