第97話 引き続き行政を担当する光秀

石山本願寺との和睦以降、光秀はなにをしていたのですか?

その後も丹波・丹後の行政を担当していました。

詳しく教えてください。

では今回も史料を順に見ていきましょう。

よろしくお願いします。


引き続き光秀家臣への慰労会と人事査定面談を兼ねた茶会ですね。


執奏ってなんですか?

執奏とは意見、書き物などをとりついで貴人に奏上することです。

光秀が取り次ぎ役になって進上したということですか?

そのとおりです。

この時もまだ織田信長と長宗我部元親は良い関係ですね。この後の光秀は何をしたのですか?


斎藤利三は言わずと知れた光秀の家臣ですね。

そうですね、光秀に関わる史料での最初の登場は永禄13年です。

門前地下中って誰宛ですか?

門前地というのは寺院の領有する寺院門前の地所のことを指します。下にはそば・まわりという意味もあります。

門前地の周りの人々へということですね。

内容としては、「戦で離れてしまった人へ還住を促すために、白毫寺に還住した衆僧の人足役を免除するという通達をした。」ということだと思われます。

白毫寺ってどこのお寺ですか?

白毫寺は兵庫県丹波市に今もあります。

なるほど、丹波の行政だったのですね。他にはどんなことをしていたのですか?

賀茂庄は兵庫県氷上郡にあった鴨庄村で、今の丹波市市島町の南東部の辺りです。

読み方は同じで字が違うのは何度かありますが、面白いです。

入魂って一球入魂の入魂ですか?

この入魂は親密であること。また、そのさま。を指す入魂(じゅこん)だと思われます。

親密であることの理由を伝えたというのはなかなか気になりますね。


某日ということは日付不明なのですね。




西方寺ってどの辺りのお寺ですか?

山城葛野郡の西方寺に宛てたものとされているようです。

山城葛野郡ってどの辺りですか?

今の京都の北西部の辺りですね。

丹波の寺領ってどの辺りだったのでしょうね・・・。

今も残る丹波の西方寺は京都府宮津市と京都府京丹後市にあります。史料の解析が進めば詳しくわかるかも知れません。

史料の解析に期待ですね。それにしてもなんだか大きな事件もなく平和そうです。

この後、織田軍の中で大きな人事異動があります。

人事異動ですか?

続きは次回です。

気になります!
