第70話 丹波・丹後へ出陣・・・する?

ガラシャ

光秀は丹後・丹波に出陣するのでしたよね!・・・どうして出陣する事になったのでしたっけ?

ガラシャ

討伐される内藤貞勝・宇津頼重は、何をしたのですか?

憲三郎先生

この二人は足利義昭が反旗を翻した際に、足利義昭方についた武将のようです。

ガラシャ

なるほど、その時から良い関係性ではなくなっていたのですね。

憲三郎先生

長島一向一揆や越前の件が落ち着いて、やっと手をつけられるということかも知れませんね。

ガラシャ

光秀は、いつ頃丹波・丹後へ出発の予定ですか?

憲三郎先生

では、史料を日付順に見ていきましょう。

ガラシャ

よろしくお願いします。

ガラシャ

たしか小畠左馬進は怪我をしていましたよね、大丈夫なのですか?

憲三郎先生

史料にも無理をせずに若い衆に出陣させるようにとあるようです。

ガラシャ

大事にして欲しいですね。あれ?この時光秀はまだ越前にいたのですか?

憲三郎先生

9月25日に坂本城に戻ったようなので、この時はまだ豊原城にいたと思われます。

ガラシャ

丹波・丹後の出陣の前に、いちど坂本に戻るのですね。

憲三郎先生
ガラシャ

事前連絡はとても大事ですね。

ガラシャ

前のお手紙に加えて越前平定のお礼もしたということですね。

ガラシャ

河瀬宗綱って誰ですか?

憲三郎先生

河瀬宗綱は、奈良県橿原市今井町にある称念寺の元となった念仏道場を建てたとされている人です。

ガラシャ

念仏ってなんとなく一揆勢を思い出すのですが・・・。

憲三郎先生

石山本願寺の顕如上人から寺号を得てたてたとあるので、当時は敵対勢力だったと思われます。

ガラシャ

・・・やっぱり。今井郷惣中の「惣中」って総てのという意味でしたよね?

憲三郎先生

そうです。「今井郷惣中」は「今井郷の総ての人に」という意味ですね。

ガラシャ

今井宗久って、誰ですか?

憲三郎先生

今井宗久は堺の商人で茶人です。織田信長の天下統一を側面から支え、茶人としても織田信長の茶頭を務めるなど織田信長に重用された人です。

ガラシャ

藤田伝五は誰ですか?

憲三郎先生

光秀の家臣です。最後まで仕えてくれる重臣となる人です。

ガラシャ

大事な人ですね、覚えておきます!この書状は、結局どういうことなのですか?

憲三郎先生

石山本願寺派の今井郷の人々が、商人の今井宗久を通じて降伏してきたので承認した。ということがわかる書状です。

ガラシャ

丹波・丹後の出発前になんだか良い知らせで嬉しいです。

ガラシャ

荻野直正ですか?確か討伐するのは内藤貞勝と宇津頼重でしたよね?

憲三郎先生

荻野直正は丹波の黒井城城主です。悪右衛門という名で有名な武将で、波多野元秀の娘や近衛前久の妹と婚姻関係もあったようです。

ガラシャ

悪右衛門って・・・すごい呼び名ですね。

憲三郎先生

この頃の「悪」という言葉は「悪い」という意味ではなく「強い」という意味です。

ガラシャ

悪い人ということではなくて強い人ということですか?

憲三郎先生

そうです、『甲陽軍鑑』には「名高キ武士」と名が挙がるほどでした。

ガラシャ

すごい人だったのですね、なのにどうして討伐の対象になったのでしょう?

憲三郎先生

討伐の理由は和睦したのにもかかわらず出頭しないためとされていますが、史料が少なく確かな事はわかりません。

ガラシャ

史料がもっと見つかるともっとよくわかりそうです。

ガラシャ

近江の小松庄ってどの辺りですか?

憲三郎先生

滋賀県大津市に小松という地名が残っているのでその辺りだと思われます。ちなみに滋賀県高島市には鵜川という川と鵜川という地名が残っています。

ガラシャ

地名があるのですね、川の畔で稲を刈るのだと思ってしまいました。

ガラシャ

そろそろ出発の予感ですね。

憲三郎先生

いつ頃出発したかの詳細な記録は残っていませんが、担当者として情報は入ってきているのがわかる書状があります。

ガラシャ

書状ですか?

ガラシャ

どんな内容ですか?

憲三郎先生

宇喜多直家の端城を奪取し浦上宗景に守備させたこと、荒木村重が帰陣したこと、丹波・丹後平定については光秀からも詳細な報告がなされ喜悦の至りであること、10月10日の上洛予定していること、が書かれています。

ガラシャ

現地に行っているかはわからなくても、きちんと報告していることがわかるということですか?

憲三郎先生

そうですね、この後も何度か触れると思いますが、なにより織田信長は「報告・連絡・相談」を大事にしているということがわかる史料です。

ガラシャ

聞いたことあります!「ホウレンソウ」ですよね。

憲三郎先生

現代にも企業活動でも重視されることをすでに織田信長は実践していました。

ガラシャ

織田信長はすごい人ですね。

憲三郎先生

そしてこの史料は、光秀が現地で動いている家臣や与力と密に連絡を取り合い、織田信長に報告をしていたということもわかる重要な史料です。

ガラシャ

たしかに、着々と丹波・丹後攻めに向けて準備しているのがわかります。

ガラシャ

そしてその情報も確かだと、現地の方々頼もしいです。織田信長は何の為に上洛するのですか?

憲三郎先生

そうですね・・・ではそれは次回ということにしましょう。

ガラシャ

気になります!

”光秀は諸問題を処理しつつ、そろそろ丹波に出発です。”