第66話 京都の行政をお手伝いしよう

光秀が河内方面から帰ってきてからのお話しですね。

そうです。天下所司代を覚えていますか?

・・・たしか京都の行政を担う人ですよね。

その通り。元亀4年に足利義昭を追放した後、村井貞勝は天下所司代に任命されました。

そうでした。

天正2年10月以降しばらくの間、光秀と村井貞勝の連署状がたくさん残っています。

一緒にお仕事をしていたのですか?

そうですね。おそらく村井貞勝の仕事を手伝っていたのだと思われます。

たくさんって何通くらい残っているのですか?

天正2年10月14日から天正3年3月28日の間で光秀と村井貞勝の名前がある連署状は12通残っています。

そんなにあるのですか、内容が気になります・・・。

では、日付順に光秀の他の史料も合わせて見ていきましょう。

お願いします。

無明庵ってなんですか?

庵とついているので、お寺の塔頭ではないかと思われます。

どのお寺の塔頭なのですか?

退蔵院住職の亀年が譲状を出したとのことなので、退蔵院の塔頭の可能性が高いですね。

退蔵院ってどこのあるのですか?

退蔵院は、京都市右京区花園にある臨済宗の寺院です。

なるほど。

根来寺ってどの辺りにあるのですか?

根来寺は和歌山県岩出市根来にあります。

いつの間に出陣したのでしょう?

この史料では昨日とありますので、10月19日だと思われます。前後の史料の解析が進めば詳しくわかるかもしれません。

河内高屋表はどの辺りですか?

河内高屋表は河内高屋城のことだと思われ、大阪府羽曳野市古市にありました。今は住宅街ですが、城跡が残っています。

押し詰めるってどういうことですか?

この場合は、攻めよせて包囲する。という意味だと思われます。

何らかの攻撃をしに行ったのですね。

河内誉田八幡って神社ですか?

そうです。誉田八幡宮は大阪府羽曳野市誉田にあります。

禁制って何かを禁止したのですか?

濫妨狼藉や放火などを固く禁じました。

濫妨狼藉ってどういうことですか?

無法に他を犯し、掠奪すること。また、荒々しい行ないをしてあばれることをいいます。

乱暴狼藉!なるほど!

綿帽子・・・気になりますね。

上賀茂惣中ってどういうことですか?

惣とは、全部をまとめる。すべる。すべて。という意味があり、総と同じ意味で使われます。

上賀茂の総てにということですか?

そういうことだと思われます。ちなみに、上賀茂は京都府京都市北区にある上賀茂本山のことです。

京都の北側ですね。

坂本城で連歌の会と聞くとなんだか平和に感じます。

山城天龍寺妙智院はどのあたりですか?

山城天龍寺妙智院は京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町にあります。

こんどは京都の西側ですね

さっきの書状の続きですね。

大徳寺はどのあたりですか?

大徳寺は京都府京都市北区紫野大徳寺町にあります。

また北区です。


山城賀茂社は・・・

山城賀茂社は賀茂御祖神社のことで、通称下鴨神社と呼ばれています。今も京都府京都市左京区下鴨泉川町にあります。

上賀茂神社と下鴨神社は読み方が似てますね。

賀茂別雷神社(上賀茂神社)とともに賀茂氏の氏神を祀る神社であり、両社は賀茂神社(賀茂社)と総称される。両社で催す賀茂祭(通称 葵祭)で有名です。

葵祭知っています!

せしむ・・・どういう意味ですか・

させるということです。この場合は安堵させるとなります。

女房奉書は朝廷からの内定文書でしたよね、この二つのお寺はどのあたりですか?

山城大原來迎院は京都府京都市左京区大原来迎院町に勝林院は同じく左京区大原勝林院町にあります。

京都の北側の山の中ですね。

若宮八幡はどのあたりですか?

若宮八幡は京都府京都市東山区五条橋東のあたりです。

こんどは京都の東側です。

京都は寺社がたくさんあって管理も大変そうです。

鶴を献上ですか!その後鶴がどうなったのか、気になります・・・。

山城清凉寺はどのあたりですか?

山城清凉寺は京都府京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町にあります。

京都の東側の山沿いですね。

山城法金剛院はどのあたりですか?

山城法金剛院は京都府京都市右京区花園扇野町にあります。

これは・・・村井貞勝一人では大変な質量ですね。

光秀が補佐に抜擢されたのは、織田信長が光秀の行政能力を高く評価していたからだと思われます。

行政・・・戦とはまた違った大変さがありそうです。

次回はまた出陣です。

今度はどこへ出陣ですか?

河内へ出陣です。

また河内ですか・・・気になります。
