第31話 撤退!しんがりを務めよう。しんがりのお仕事ってなに?

すっかり寄り道をしてしまいましたが、越前を攻めていてもうすぐ一乗谷!ってところで浅井家の裏切りでしたよね?

そうですね。

絶体絶命のピンチです。光秀はどうしたんですか?

光秀は幕府軍として織田軍と共に居ました。

織田信長はどうゆう決断を?

織田信長は浅井家との同盟を信じていたので浅井長政の寝返りを聞き、初めは「虚説たるべし」と言っていましたが遂に退却を決めました。

でも挟み撃ちですよ?どうやって逃げるんですか?

朽木って前に出てきたあの朽木氏の朽木ですか?

そうです。琵琶湖の西ですね。

残されたのはわかったんですが・・・しんがりってなんですか?

軍が退く時、最後尾にあって、追って来る敵を防ぐこと。またその部隊のことです。

え。危なくないんですか!?

危ないですよ。とても危ないです。本軍が逃げていく時に敵に背後を見せてしまうというとても厳しい状況の中で、しんがりは敵の追撃を阻止し、本軍が逃げる助けをするのです。

危ないだけじゃ無くて、とっても難しそうです・・・。

そうですね。本軍から応援は無く、限られた戦力で敵の追撃を食い止めなければいけない最も難しい危険な任務です。

どうゆう人がしんがりを任されたんですか?

古来より武芸・人格に優れた武将が務める大役とされてきました。

人柄?人柄は関係あるんですか?

過酷な任務ですから少ない仲間を率いてやり遂げるには、強さだけで無く人柄が無いとしんがりは務まりませんでした。

それは・・・。選ぶのも大変ですね。

撤退戦のしんがりという厳しい役割を光秀が務めたのは、羽柴秀吉と池田勝正が撤退するために地理に詳しい光秀が必要だったからです。度重なる戦経験も買われたのかもしれません。

あれ?でも有名なのは羽柴秀吉だけでしたよね?

そうなんです。実は『信長公記』には羽柴秀吉を金ヶ崎城に残したと書かれていますが、光秀が残ったことは書かれていません。

どうしてですか?

それはこの時の光秀は、幕府奉公衆で、信長の家臣ではなかったからです。

もしかしてどこかに史料が?

奉公衆の一色藤長が丹波の武将・波多野右衛門に宛てた書状に羽柴秀吉と共に光秀と池田勝正を残したことが書かれてます。

なるほど、幕府からも織田軍からもで連合軍感があります!でもなんとか逃げられたようで良かったです。


あ!そうか逃げては来たけど若狭までは平定していましたね。でもなんでその二人なんですか?

幕府と織田軍、それぞれからの上使という位置付けですね。

ここにも連合軍感が!
