伊豆守が行く! 明智先生 講演 in 本能寺

明智継承会です。

先日、大本山本能寺様にて開催されましたイベント「戦国越前若狭の魅力PR DAYS IN 本能寺」へ、当会賛助会員 渡邉伊豆守さまが参陣されました。 伊豆守さまより、イベントへの参加レポートを頂戴しておりますので、ご紹介いたします。是非ご覧ください!

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明智継承会の皆様こんにちは。賛助会員の渡邉伊豆守で御座います。 8月22~24日に掛けて、二泊三日で京都に行って参りました。
目的は明智先生の講演を聞く為です。既に他のレポートがupされており内容が重複する箇所もありますがご容赦下さい。
さてさて、京都と言うと幕末をどうしてもイメージしてしまう筆者でして、観光した先も主に幕末関連ばかりでしたので、此方では割愛させて頂きまして、二日目の明智先生の 講演をお伝え致します。

主催は去年9月に福井で行われた講演と同じく、福井あすわ歴史道場さんでした。こちらの代表の松下さんは、同じ明智先生継承会の会員でいらっしゃいます。去年の福井の講演も参加している筆者としては、お顔馴染みであります。

本能寺で1時から本堂外でオープニングの挨拶を明智先生が行ったあとで関係者記念撮影の後、京都・長岡京おもてなし武将隊つつじの皆さんによる演舞があり、炎天下の中、華麗な殺陣と演舞を披露して頂きました。

 

その後受付を済ませて本堂内に入り講演が始まりました。今回は明智先生の単独講演という形ではなく、松下さんとお二人での所謂パネルディスカッション形式でした。
光秀公の福井での軌跡を追い、越前に来る前は斎藤家に使えていたという従来の説は誤りがあり、寧ろ土岐氏を守護大名から追い落とした敵として認識していたという先生の説を披露していました。
その後、本能寺の変が何故起こったのかの諸説を披露し、先生の提唱している信長の唐入り阻止説を披露されました。
筆者としても、秀吉が考えるより先に信長が唐入りを考えない訳が無いと思うので大変共感出来ました。
一族の命運を賭ける謀反に踏み切るのは、容易なことではありません。信長に本能寺での家康討ちの依頼を受けた光秀公が、千載一遇の好機と捉えたのは当然の結果だと思います。
信長が謀反の報せを受け 「余は余自ら死を招いたな」 と言ったのは、家康暗殺を依頼した光秀に自分自身が暗殺されることを悟った信長の口から出た本音の一言だったのに違いありません。

以上の様な講演を、当初の予定一時間半を10分程オーバーする熱の籠った講演でした。 最後に明智先生が宿泊したホテル本能寺のお話が出て、先生が唯一ホテルで残念だったことは、「エレベーターを利用してもタイムスリップ出来なかったこと」 と言われ、思わず笑ってしまいました。

その後明智先生にご挨拶をして本能寺を後にしたのですが、ついでに本能寺の元あった場所にも行こうと思い向かったのですが、思ったより遠く、歩いて15分位難儀しました。 翌日は明智光秀公の首塚に行き手を合わせた後、首塚を代々守って来た餅寅さんにも寄り、女将さんに明智先生のお話しました処「来てくれて本当にありがとう」と嬉しいお言葉を頂きました。

しかし京都は予想以上に暑かったです。暑いなか、おもてなし武将隊の皆さん、冷房のない本堂で講演された明智先生、松下さん本当にご苦労様でした。
明智光秀公の真実が皆さんに伝わることを願って、今回のレポートを終了させて頂きます。 お読み頂き誠にありがとうございました 。

前夜祭?

 

※本文中の画像は、すべて渡邉伊豆守さまよりご提供いただきました。有難うございます。
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渡邉伊豆守さま、お暑い中イベントへご参加いただき、また、いつもイベントレポートのご協力を頂き有難うございます!

当会では、今後も賛助会員様や特別会員様方の活動の紹介、イベントレポートの紹介をしてまいります。どうぞお楽しみに!!