Q.信長のいじめが謀反の原因と聞きましたが?
A.お答えします。
「信長が光秀をいじめて光秀が怨んだ」という話は元を秀吉が作り、江戸時代の物語がそれに合うエピソードを大量に創作したものです。
解説.
戦国武将は、自分の代のみでなく、自分の死後の子や孫の代までの一族の繁栄を願い、責任を負っていました。
島津軍の将・島津義弘が六十六歳で書いた書状がその気持ちをよく表しています。
「いくさの苦労は家のため子供のため。わしが死んだら子供の行く末どうなるか考えると涙をこらえきれない」(加治木島津家文書)
そのような戦国武将が「いじめ」を理由に、失敗すれば一族が滅亡する謀反に踏み切るわけがないです。
参考文献.
【光秀からの遺言】